今年4月に登場した第2世代Ryzenには、プロセスルールをはじめとして初代Ryzenにはなかった要素がある。特に力を入れているのが動作クロックのブースト関連機能だ。マルチスレッド処理時でも積極的にブーストを行なう「Precision Boost 2」に、温度の余裕などがあればさらにブーストを上乗せする「XFR 2」がそれだ。そして、その上にもうひとつブーストのステージが用意されている。第2世代Ryzenの“X付きモデル”と、最新の“X470チップセット搭載マザーボード”を組み合わせた時にのみ発動する「Precision Boost Overdrive」なるものだ。
しかしながら、第2世代Ryzen発売時点では、Precision Boost Overdriveは利用できなかった。AMDの説明によれば、「Precision Boost OverdriveはWindows上でRyzenのオーバークロック(以下、OC)を実施できるツール『Ryzen Master』で設定できるが、現行バージョンではPrecision Boost Overdriveは未実装」という話だった。だがすでにいくつかのX470チップセット搭載マザーボードでは、BIOSでPrecision Boost Overdriveに関する項目が実装されており、Ryzen Masterを使うことなくPrecision Boost Overdriveを有効化できるようになっている。つまり、Ryzen Masterは単なるフロントエンドというわけだ。
そこで、今回はGIGABYTE製X470チップセット搭載マザーボード「X470 AORUS GAMING 7 WIFI」を用い、現状使える範囲でのPrecision Boost Overdriveの挙動を探ってみたい。
BIOS上でPrecision Boost Overdriveを有効にする
まずは「X470 AORUS GAMING 7 WIFI」のBIOSバージョン「F4g」上で、Precision Boost Overdriveを有効化する方法について、簡単に解説しておこう。BIOSメニュー内のちょっと入り組んだ場所に入り込まないと設定が出てこない。Precision Boost Overdrive関連の設定はすべて“Auto”になっているが、どうやら挙動を見る限り、明示的に“Enable”にしないとPrecision Boost Overdriveは働かないようだ。ただし、今後のBIOSアップデートで変更される可能性もある。あくまでF4gでの話、として読み進めていただきたい。
PPT/TDC/EDCやScalarを変更して細かく検証
それでは検証環境を紹介する。前述のPrecision Boost Overdriveに関連する3項目(PPT/TDC/EDC)と、Scalarの倍率をざっくりと変更し、デフォルトの状態からクロックや性能がPrecision Boost Overdrive(グラフ中ではPBOと略している)の有効化でどの程度変化するのかを検証した。
AMDのRyzen Masterの資料によると、PPTは「The PPT% indicates the distance to maximum power that can be delivered to the socket by the motherboard across various voltage rails. 100% indicates maximum capacity.」、EDCは「The EDC% indicates distance to maximum current that can be delivered by the motherboard voltage regulators in a peak/transient condition. 100% indicates maximum capacity.」、TDCは「The TDC% indicates the distance to maximum current that can be delivered by the motherboard voltage regulators when they have been heated to a steady state through sustained operation. 100% indicates maximum capacity.」と解説されている。
ただし、100%はRyzen Masterの場合のスケールであるため、UEFIでの設定値とは異なる。あくまで、参考として欲しい。
AMD検証環境 | |
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CPU | AMD「Ryzen 7 2700X」(8C/16T、定格3.7GHz、最大4.3GHz) |
マザーボード | GIGABYTE「X470 AORUS GAMING 7 WIFI」(AMD X470) |
メモリー | G.Skill「F4-3200C14D-16GFX」(8GB×2、DDR4-2933で運用) |
グラフィック | NVIDIA「GeForce GTX 1080 Founders Edition」 |
ストレージ | Intel「600p SSDPEKKW512G7X1」(NVMe M.2、512GB SSD) |
電源 | SilverStone「SST-SF85F-PT」(850W、80PLUS PLATINUM) |
CPUクーラー | Corsair「H110」(簡易水冷、280mmラジエーター) |
OS | Microsoft「Windows 10 Pro 64bit版」(April 2018 Update) |
電力計 | ラトックシステム「REX-BTWATTCH1」(Bluetooth) |
ここから紹介するベンチマークは以下の設定で実施した。PPT/TDC/EDCはそれぞれ独立した項目だが、今回はざっくりと3つの数字をすべて同じ値に合わせて計測してみた。
検証した設定値 | |
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定格 | Ryzen 7 2700Xを装着し、デフォルトのBIOS設定(Precision Boost Overdrive/Scalarともに“Auto”)で運用した状態 |
PBO有効 | Precision Boost Overdriveは“Enable”、Scalarは“Auto”で運用した状態 |
PBO 100〜500 | Precision Boost Overdriveは“Manual”、PPT/TDC/EDCをすべて同一値(100〜500の100刻み)に手動設定。Scalarは“Auto”で運用した状態 |
PBO 2X〜10X | Precision Boost Overdriveは“Enable”、Scalarを2X/4X/6X/8X/10Xに設定した状態 |
パフォーマンスは向上するも消費電力は……
今回はCPUの動作クロックに関する機能なので、シンプルに「CINEBENCH R15」のスコアー比べを中心に話を進めていきたい。スコアーは各3回ずつ計測し、真ん中の値を採用している
確かに定格運用時に比べ、Precision Boost Overdriveを有効にするとマルチスレッドのスコアーは上がったが、50cbも違わない。唯一PPT/TDC/EDCをすべて100に設定(Precision Boost Overdrive 100)した時はスコアーが大幅に下がっている。これはTDCが下がったことで、cTDPを下げたのと同じ効果、つまり省電力動作になっていることを示している。
この3つの数値を200以上にすればPrecision Boost Overdriveを単純に有効化するよりもスコアーが伸びる時もあるようだ。しかし、性能が劇的に大きくなるわけではなく、設定値によっては伸びないこともある。ふだん観測できるCINEBENCH R15のスコアー変動幅のせいもあって、このあたりの性能の切り分けは非常に難しい。
Scalarの倍率を変えたほうがスコアーが安定する。単純にScalarを“Enable”にするだけの状態よりも、倍率の高い設定のほうが良いスコアーが出やすい印象がある。ただし、これもスコアーのブレの範囲とも言える差なので、劇的なパフォーマンスアップは期待できない。
では、ここで消費電力の変化を見てみよう。Precision Boost OverdriveもOCの内ならば、Precision Boost Overdriveを有効にすれば消費電力も増えるはずである。ここではシステム起動から10分後を“アイドル時”、「OCCT Perestroika v4.5.1」の“CPU Linpack(64bit、AVXおよび全論理コア使用)”テストを15分回し、終盤の安定値を“OCCT時”とした。
定格運用時に比べ、Precision Boost Overdriveを有効にすると劇的に消費電力が増加する。Precision Boost Overdrive関連の設定項目を変更すると、さらに上積みされるといった印象。定格運用時に比べて50W前後増えるのは、正直驚きだ。このあたりにPrecision Boost Overdriveがなかなか正式公開されない理由があるのかも、と筆者は推測する。
挙動を細かく観察してみると……
Precision Boost Overdriveを有効にすると性能も消費電力も上がる、ということがわかったが、なぜ上がったかについてもう少し中身をのぞいてみたい。冒頭部の解説の通り、Precision Boost OverdriveはPrecision Boost 2やXFR 2のブーストに上積みする形で実施されるOCである。つまり、CPUの動作クロックを変えるための倍率変更が鍵だ。
そこで「HWiNFO64」を利用し、CINEBENCH R15のマルチスレッドテスト実行中のCPU倍率の変化を比較してみた。ただし、Ryzen 7 2700Xは物理コアが8基あるので、各コア倍率の変動を全部折れ線グラフにしても見辛い。そこで、今回は各コアの動作倍率をマップにしてみた。縦軸が時間で、上から下へ1秒ずつ16秒間サンプリングしている。横軸は各コア(Core 0〜Core 7)だ。
各コアとも一番上が計測開始時点(CPU負荷が100%になった時)で、そこから15秒間の倍率変動を追跡した。ほぼすべてのコアがほとんどの時間において39.8倍動作だが、Core 6とCore 7の12〜13秒時点のみ39.5倍になっていた。ここからPBO有効時、PPT/TDC/EDCの設定値を100〜500に変えた場合、Scalarを2X〜10Xに変えた場合、各コアがどの時点でどのぐらい倍率が変わったのか観察していく。
なお、定格運用時の倍率を基準に、そこからどれだけ動いたかをわかりやすくするため、絶対値で記載したマップも掲載しておく。
Precision Boost Overdriveを有効にするだけで、CINEBENCH R15マルチスレッドテスト中の各コア倍率がほぼ「1」上がり、結果として全コア40.8倍、動作クロックの実測値だと4073.7MHz〜4074.1MHzで動作した。確かにPrecision Boost Overdriveの効果は確認できたが、消費電力50W増と引き換えにする割にはあまりおいしくはないかもしれない。
続いて、Scalarの値を変化させた時の倍率の変化も見てみよう。
Precision Boost OverdriveのScalarを10Xにすると最大41倍、クロック実測値で4098.8MHz動作まで到達した。つまり、このScalarは“ブーストする際にどこまで踏み込むか”の限界を決めている可能性がある。
ただし、CINEBENCH R15実行中の動作クロックの最大及び最小値のみに注目すると、Precision Boost Overdriveの有効性は若干薄らいでくる。以下の表はマルチスレッドテスト開始時〜シングルスレッドテスト終了時の間に観測されたCPU各コアの動作クロックの最小及び最大値だが、Precision Boost Overdriveを有効にしたからといって劇的に動作クロックが上がるわけでもない。定格運用時よりも微妙に最大クロックは下がっており、一方で最小値は微妙に上がっている。
このことから、定格動作時にはあまりクロックの上がらないコアの尻を引っ叩いてブーストするぶん、わずかだがクロックの上がりやすいコアの限界が下がる。トータルでプラスになればオーケー、という考えなのかもしれない
コア電圧やパッケージ電力などはどう推移する?
さて、次はCINEBENCH R15実行中のコア電圧、ここではVRMの電圧情報をCPU側で読んだ「Core Voltage(SVI2 TFN)」の推移を追跡してみよう。
まずPrecision Boost Overdriveを有効にするだけで、コアに供給される電圧は最大で0.1V程度増えるが、ピーク値としてはそれほど高くはならない。定格運用時はコア電圧が頻繁に下げられているので消費電力が抑えられているが、Precision Boost Overdriveを有効にするとほぼ1.4V以上印加されることになる。
また、PDT/TDC/EDCの設定を変えた時よりも、Scalarの値を増やしていったほうがコア電圧との相関がわかりやすい。倍率を上げればそのぶん電圧が高くなる傾向が素直に見てとれる。10Xと8Xは勝ったり負けたりといった感じだが、6Xより下は劇的にコア電圧が低下する。
各マザーボードでの動作に期待!
今回はPrecision Boost Overdriveをいろいろと試してみたが、CINEBENCH R15のようなベンチマークソフトではスコアーとなって違いが実感できたが、普通の操作で体感できるほどではなかった。Ryzen 7 2700Xは定格のままでも速いというせいもあるが、Precision Boost Overdriveを有効にしても、現状では全コアのクロックが100MHz上がるか上がらないかといった微妙な差に留まっているためでもある。
ただし、本来Precision Boost Overdriveは、AMD曰くRyzen Masterに組み込まれる予定の機能で、機能を有効にすることで、ユーザーは手間なくPCが落ちるギリギリまでOCを行なうことができるという。そのため、現状は実装前と言ってよい。各メーカーのX470、B450マザーボードにドライバーが最適化され、Ryzen Masterから機能を有効化できたら、化ける可能性もあるので、今後の対応情報に期待したい。