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世界初の64bitプロセッサーを世に送り出す

AMD50年史 起業から現在までの功績を振り返る(前編) (3/7)

文●大原雄介 編集●AMD HEROS編集部

不況の波が押し寄せるなか
業界初の1Mbit UV-EPROMを出荷

 このあたりまではIntelとAMDの仲は比較的良かった。そもそもSanders氏とRobert Noyce氏も同じFairchild出身ということで良く知った間柄同士だった。それもあって1982年にはAMDが下の画像のような広告を打ったりしている。

MotorolaのMC68000陣営を揶揄する広告。この時AMDはiAPX86陣営、つまりIntel側という立場を明確にしていた

 1981年初頭に陥った一時的な不況からも脱し、AMDのは3億5835万ドルもの売上を達成している。1983年にはAm7910 LANCEという、古い方ならひょっとしてご存知かもしれない10/100BASE-Tイーサネットコントローラーや16Kbit SRAM、64/128/256Kbit EPROMなどの新製品を次々に投入して売上を伸ばしていく。

 1984年にはIntelの286を、やはりリバースエンジニアリングの技法で解析した結果を元に、Am286を出荷。さらに業界初となる512Kbit EPROMであるAm27C512やHDDコントローラーのAm9580などを出荷している。

Am9580のデータシート表紙より。FDDとHDDをまとめて制御できた

 ただ、この頃から業界には不況の波が押し寄せつつあった。1985年には9億ドルの売上目標を立て、実際にはこれを上回る9億3100万ドルの売上を達成したが、1986年には5億7600万ドルまで売上が落ち、3600万ドルの損失を出すに至る。

 1987年はさらに状況が悪化、売上こそ6億3100万ドルまで戻したものの、損失は9600万ドルに増えている。こうした状況を受けて、同社は初のレイオフ(500人の一時解雇)を敢行する(これまでAMDはレイオフをしないのがポリシーであった)。

 そうした中で、1986年は32bit RISC MPUであるAm29000が発表される(出荷は1988年に入ってから)。また1Mbit EPROMであるAm27C1024もこの年発表されている。

1Mbit EPROMのAm27C1024。1Mbit UV-EPROMは業界初であった

 2017年にはAm7910/7911 FSK Modem Chipが発表され、CCITT/Bellに準拠した300bpsの全二重/1200bps半二重のモデムが簡単に構築できるようになった。この頃になると低速な製品は価格破壊が進んでおり、こうした低価格向け製品に広く採用された。

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