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Ryzenの投入で市場に強烈なインパクトを与える

AMD50年史 起業から現在までの功績を振り返る(後編) (2/6)

大原雄介 編集●AMD HEROS編集部

自社工場保有から一転
工場を持たない方針に転換

 2008年はもう2つ、大きな出来事があった。まずはHector Ruiz氏の退任で、後継はK7の設計を率いていたDirk Meyer氏がCEOに就任する。

Dirk Meyer氏。これは2006年5月、まだCOOだった時に新製品発表会で来日した際のもの。ちなみにAMDに来る前はDECでAlphaチップの主任設計者を務めていた

 もう1つの大きな出来事はファブレス企業への移行である。もともとAMDは自社ファブ(工場)での製造に非常にこだわっていた。何しろ創業者であるJerry Sanders氏の“Real men have a fab”(真の男ならファブを保有する)は非常に有名である。

 実際1996年にAMDがNexGenを買収した時、当時NexGenのCEOを務めていたAtiq Raza氏は当初AMDのCOOに就任している。時期はおりしもFab 25が操業を完成し、そしてFab 30の建設に着手していた時期であるが、Raza氏はそもそもがファブレス企業のCEOということもあり、Fab 30の建設に反対。これで当時CEOだったSanders氏と対立、COOを辞任することになったという経緯もある。

 余談ながら辞任したRaza氏が設立したのがRaza Microelectronicsで、2006年にAlchemy部門を買収したメーカーでもある。なんというかいろいろ結び付いている感じだ。

 そんなわけでAMDがファブを保有するのが当たり前だと考えられていたが、アブダビの投資機関であるATIC(Advanced Technology Investment Company)の投資を受ける形で、まず2008年中にAMDのファブ部門がThe Foundry Companyとして分社化。次いでATICは2009年にシンガポールのChartered Semiconductorも買収。The Foundry Companyと併せてGlobalFoundriesを設立する。

 もともとChartered Semiconductorは以前からAMDのプロセッサーやチップセットの製造を委託されており、その意味では技術的にも親和性は高かったと言える。これによりGlobalFoundriesはTSMCに続く世界第2位の規模のファウンドリとなった(この当時、まだSamsungは自社製品の製造がメインでファウンドリサービスの比率は少なかった)。

Intelと和解

 2009年もAMDにとって悪い年ではなかった。2009年11月2日、AMDとIntelは独禁法違反訴訟に関して全面的に和解。IntelはAMDに対し12億5000万ドルの和解金を支払ったほか、両社間のクロスライセンス契約の延長も行なわれ、さらに他の製造業者(要するにGlobalFoundriesだ)への製造委託なども可能になった。

 これにともない、日本を含む各国での訴訟も全面的に取り下げとなった。また細かいところでは、旧ATI TechnologiesでImageonというブランドで開発されてきた組み込み機器向けGPUをQualcommに売却している。このImageonは、現在QualcommでAdrenoという名前で引き続き最新のモバイル向けSoCに搭載され続けている。

 製品ラインナップで言えば、まずCPUはローエンド向けにクワッドコアとなるAthlon II X4が投入されている。またGPUでは世界初のDirectX 11対応製品であるRadeon HD 5000シリーズがやはり2009年に投入されている。

Athlon II X4は、Phenom IIのL3キャッシュを無効化、動作周波数を下げた製品だが、その分消費電力も下がり、100ドル未満というお手頃価格でクワッドコアの恩恵にあずかれるようになった

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