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Ryzenの投入で市場に強烈なインパクトを与える

AMD50年史 起業から現在までの功績を振り返る(後編) (3/6)

大原雄介 編集●AMD HEROS編集部

CPUとGPUを融合させたAPUが誕生

 2010年は転換の年となった。この年、製品としてはデスクトップ向けとしては業界初の6コアCPUであるPhenom II X6が投入され人気を博した。またGPUはRadeon HD 6000シリーズが投入されている。

 ただ2010年はそうした製品というよりも、ここから2010年台の同社の製品動向を決定づける決断がされた年という意味合いが強い。その最大の物がCPUとGPUの融合である。HSA(Heterogeneous System Architecture)というコンセプト、そして2010年代を牽引していくBulldozer/Bobcatというアーキテクチャーの詳細が細かく語られだしたのがこの2010年頃と記憶している。

 そのBulldozer/Bobcatを搭載したCPU、そしてHSAに向けた第一世代のAPU(Accelerated Processing Unit)であるLlanoコアなどが一気に登場したのが2011年である。

 BulldozerはAMD FXというブランドで発表され、そしてPhenom IIのCPUコアにRadeon HD 6500系のGPUコアを組み合わせたAMD Aシリーズもやはり2011年中に投入された。

この当時はAPUではなくFusion APUという呼び方をしていた

 不幸だったのは、Bulldozerの設計思想がやや時代を先取りしすぎていたことだろうか? Bulldozerは、IPC(1サイクルあたりの命令処理数)よりもスループット(1サイクルあたりのデータ処理量)に最適化されたアーキテクチャーであった。要するに大量データ処理時代が来るという前提に立って、それに向けて最適化した構造になっていた。

 ところが実際にはこの当時、まだまだIPCの方が重要という時代であり、スループットが要求されるのはHPCなどごく一部の処理に留まっていた。結果、AMD FXは動作周波数こそ高い(2013年には初の5GHzを達成する)ものの、性能そのものはIntelのCore iシリーズに及ばず、ここから急速にCPUのシェアを失っていく。

 ただ幸いにもAPUに関しては、統合されたRadeon HD 6500系GPUコアの性能の高さもあって、GPU統合CPUのマーケットでは一定のシェアを確保することに成功する。GPUのマーケットでは少し移行が遅れたものの、TSMCの28nmプロセスを利用したRadeon HD 7000シリーズを投入、引き続きNVIDIAとの最高速争いが激化していた。

 ちなみにこの2011年は、Dirk Meyer氏が辞任。後任にはLenovo Group, Ltd.のCOOを務めていたRory Read氏が就いている。

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